はじめに

※本記事は前回の記事の続きです。前回記事はこちら↓



第3章    改正電子帳簿保存法から描く「理想と現実」

1    今回のテストの前提

法律の設計思想が現実とそぐわないことはどうしても起こりうると思いますが、改正電子帳簿保存法はその最たる法律の1つかと思います。2022年に突如発表された改正電子帳簿保存法を題材に選んだのは、「条文レベルの必須要件」と「現実的にどこまでやるか」の間にあるギャップを、Legal Brain エージェントがどこまで可視化できるかを確かめるためです。

今回、Legal Brain に投げた問いは、次のようなものでした。

――電子帳簿保存法の宥恕・猶予・緩和措置から見えるバランス感覚の把握――

改正電子帳簿保存法について、条文・通達に基づく事実(最低限の必須要件)と、あなた自身の解釈を明確に分けて回答してください。
次の観点を必ず含めてください。
・法律上の最低限ライン(検索要件・訂正削除要件・事務処理規程・猶予の有無)
・理想対応/現実的対応/最低限対応の3段階で、必要な体制・運用・社内ルールを比較
・システム導入の可否を“前提化せず”、ベンダーロックイン・データ移行性・運用負荷の利害を具体的に評価
・5年スパンの隠れコスト(担当者時間・監査対応・クラウド料金改定)
・違反リスクの発生しやすさ(確率 × 影響)と中小企業で破綻しやすい運用ポイント
以上を踏まえ、「結局どの対応が現実的に最も得か」を見解として述べてください。


2-1    概要部分の引用

まず、Legal Brain が提示した全体像にあたる部分を、そのまま引用します。

【引用】

電子帳簿保存法では、2024年1月1日以降、電子取引データの電子保存が原則義務化されました。真実性確保のため、タイムスタンプや訂正削除履歴が残るシステムの利用、または事務処理規程の運用が必要です。可視性確保のため、ディスプレイやプリンタでの出力、システム概要書の備付け、検索機能の確保が求められます。
実務負担軽減のため、2024年1月1日以降は「猶予措置」が設けられています。これにより、保存要件に従えなかった相当の理由があり、税務調査時にダウンロードと書面提示に応じられれば、不正訂正削除防止措置や検索機能の要件を満たさずに保存が可能です。特に、売上高5,000万円以下の事業者や、書面提示可能な場合は検索機能の一部または全てが不要となります。企業は、事務処理規程の策定・運用、システム概要書の備付け、税務調査時のデータ提示体制の確保が重要です。


このうえで、Legal Brain は回答全体を「1.最低限の必須要件」「2.猶予措置」「3.中小企業の検索要件緩和」「4.タイムスタンプ要件の緩和」「5.企業が準備すべき体制」という五つのブロックに分け、条文やガイドラインを引きながら整理していました。

2-2    条文レベルの引用

今回の回答では、法律名や条文そのものも、ある程度は明示されていました。代表的な部分だけ、短く抜粋します。

【引用】

電子帳簿保存法は、所得税法や法人税法などの国税に関する法律で保存が義務付けられている帳簿や台帳などの電子化について規定しています。正式名称は「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」です。

「電子取引」については、同法第7条(電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存)において、「電子取引を行った場合には、財務省令で定めるところにより、当該電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならない」とされています。

第4条(国税関係帳簿書類の電磁的記録による保存等)では、国税関係帳簿の全部又は一部について、一定の要件を満たす電磁的記録による保存を認める一方、見読可能装置の備付けやシステム概要書の備付けなど、最低限の要件を定めています。


さらに、ガイドライン等を踏まえて、真実性と可視性の要件も次のように整理していました。

【引用】

真実性の要件としては、タイムスタンプの付与、訂正削除履歴が残る又は訂正削除ができないシステムの利用、又は正当な理由のない訂正削除防止に関する事務処理規程の策定・運用が挙げられます。
可視性の要件としては、ディスプレイやプリンタでの出力、電子計算機処理システムの概要書の備付け、取引年月日・金額・取引先による検索機能の確保が求められます。


3    「最低限の必須要件」をどう描いていたか?

まず、今回の Legal Brain の回答は、「法律上で規定するライン」を描くという点では、かなり素直に機能していたと感じました。

・法律の正式名称と、電子取引に関する第7条
・国税関係帳簿の保存に関する第4条
・真実性・可視性という二つの要件
・2022年改正、宥恕措置(2022〜2023)、2024年以降の猶予措置
・売上高5,000万円以下の事業者への検索要件緩和

といった「制度の骨格」は、条文とガイドラインを根拠として、破綻なく整理されていました。

特に、真実性を
・タイムスタンプ
・訂正削除履歴(または訂正削除不可システム)
・事務処理規程の運用

という代替案で示し、可視性を
・見読可能装置
・システム概要書
・検索要件(年月日・金額・取引先、範囲指定・複合検索)

で捉えている点は、「現実的な対応策のバランスを検討」という私のプロンプトの思惑を遵守しており、条文の世界における越えるべきハードルをとりあえず跨ぐという目的に対して、十分に役割を果たしていたと思います。

また、2024年以降の猶予措置についても、
・「相当の理由」があれば、真実性・検索要件を満たさなくてもよい場合がある
・ただし、電子保存義務自体は残る
・ダウンロードと書面提示に応じられる体制が前提

という三点を押さえており、「紙保存に戻れるわけではない」という線引きも、誤解のない水準で説明されていました。

また、中小企業の検索要件緩和についても同様に一定の描き分けが見られました。

4.「最低限」のハードルを、どう越えるか?

一方で、ここまでを読んで分かるのは、あくまで
・「ここまでは守らないと法律上アウトになる」という下限値
・「こうしておけば優良電子帳簿として65万円控除の対象になり得る」という上限値

の、制度上のレンジにとどまっている、という点です。

現場として本当に知りたいのは、
・どの規模・どの業種であれば、「検索機能なし+書面提示整理」で現実的に回るのか?
・どの程度の件数・業務フローになると、検索画面がないと人間の方が破綻するか?
・クラウドシステム導入のコストを乗せたとき、数年スパンでどちらがマシなのか?
・極端な話、守らずにゴネる手はあるか?

といった「実務の摩耗」と「法令上の最低ライン」の交点です。ここは、今回の回答だけではまだ描き切れていませんでした。

5    理想対応・現実的対応・最低限対応の三段階について

プロンプトでは、「理想対応/現実的対応/最低限対応」という三段階での比較を求めていましたが、Legal Brain の回答は、ほぼ「最低限要件+一部理想要件」の説明に留まっていました。

私のイメージとしては、次のような三段階を期待していました。

《理想対応》(松)
・優良電子帳簿を前提にした設計
・タイムスタンプ+履歴管理・高度な検索機能
・社内のワークフローも含めて完全電子化

《現実的対応》(竹)
・タイムスタンプは使わず、事務処理規程+ログで真実性を担保
・検索機能は最低限確保しつつ、中小向け特例も組み合わせる
・一部の書類は紙ベース管理を残しつつ、電子取引は確実に保存

《最低限対応》(梅)
・検索要件は特例フル活用(5,000万円基準、書面提示整理)
・真実性は事務処理規程と運用でギリギリ担保
・猶予措置の適用も視野に入れつつ、「とりあえずアウトではない」状態を確保

しかし、実際の回答は、条文とガイドラインの説明に紙幅を多く割いており、「三つのグレード間のトレードオフ」までは十分に描かれていませんでした。

ここには、法律Q&Aエンジンとしての役割と、経営判断の優先度付けまで踏み込むことへの躊躇という、構造的な限界が見えてきます。

6    システム導入・ベンダーロックイン等の総合コストについて

プロンプトでは、かなり踏み込んで「システム導入の可否を前提化しないこと」「ベンダーロックイン・データ移行性・運用負荷」「5年スパンの隠れコスト」という観点を指定していました。

しかし、Legal Brain の回答は、ここについてはほぼ沈黙していました。せいぜい、
「システム概要書の備付け」「真実性・検索機能を満たすシステムの利用」という、要件レベルの表現にとどまっています。

これは、取適法テストと同じ構造です。Legal Brain が得意なのは、「どの手段なら法的にはセーフか」「どの手段はグレーか、アウトか」を線引きすることであって、「5年間で見たときに、どの選択肢が一番マシか」「ベンダー乗り換え時のデータ移行コストをどう見積もるか」といった、経営レイヤーの判断には踏み込まない、という性格がここでもはっきりしました。

裏を返せば、ここはやはり人間側の仕事ということです。

法令とガイドラインを前提として、「許されているレンジ」を Legal Brain に描かせたうえで、システム導入・オンプレ/クラウド・ベンダー比較・5年スパンのコストを、別レイヤーで設計するという二階建ての構造を意識しない限り、

「法律的には正しいが、5年後に振り返ると全然割に合わない対応」

に、組織が自動的に導かれていくリスクがあります。あるいは、使いどころのないシステムを導入してしまい、社内に不満をためることにもつながりかねません。

おわりに

今回の改正電子帳簿保存法テストを通じて、Legal Brain の立ち位置はかなりはっきりしました。

・条文・通達・ガイドラインに基づく「最低限ライン」の把握
・真実性・可視性・猶予措置・検索要件といった要件構造の整理
・中小企業向け緩和や5,000万円基準など、「制度として用意された逃げ道の可視化」

といった 制度の地図を描く役割 については、ある程度力を発揮しています。

一方で、ではそれを実際どうするか?には、なかなか無力というのが正直なところです。
特に、書いてあることをそのまま遵守すると全くリターンが釣り合わないこちらの法律に対して、トレードオフを検討できないのはエージェントとしては不十分に感じてしまいました。

・理想対応/現実的対応/最低限対応の三段階のトレードオフ
・システム導入の有無やベンダーロックインを含めた経営判断
・5年スパンのコストや、組織の認知負荷・監査負荷をどう配分するか

といった 外側の設計 については、やはり人間側が担う必要がある、という現実も確認できました。

取適法テストのときと同じく、Legal Brain の限界を暴くことが目的ではありません。むしろ、法律Q&Aエンジンには「制度の最低限ライン」を描かせたり、その地図を前提に、「自社はどこに線を引くか」を別レイヤーで設計するという役割分担を、人間側がどれだけ明確に意識できるかが問われています。

電子帳簿保存法のように、条文の要求水準と現場のリソースが噛み合いにくい領域ほど、「最低限ライン」と「現実解」のあいだに橋を架ける作業は、人間の設計思想に依存します。Legal Brain は、その橋脚を打つための地図は描いてくれますが、どこに橋を架けるかまでは決めてくれません。

その空白こそが、これからの法務エージェント運用における「人間の居場所」なのだと、今回のテストを通じて改めて感じました。

とはいえ、未知のものに対しては結局安全な橋を作ることになりがちで、負担に対するリスクは自由という体で事業者側が一方的に負うことになります。
(電子帳簿保存法    ひどい    が予測変換の一番上に出る日が来ないかな...)