第4章    4つのスキームを並べて見えた「法体系マップ」の描き方

1    4スキームを一度に投げた理由

3つ目のテストでは、あえて論点の性質がまったく異なる4つのスキームを、ひとまとめにして Legal Brain に投げました。

① 成果報酬サービス(成功報酬×手数料・投資助言該当性)
② プラットフォーム(媒介か主体か)
③ アフィリエイト広告(薬機法・景表法・ステマ規制)
④ 独自ポイント/トークン(資金決済法・前払式・暗号資産)

問いの立て方は、かなり意図的です。単純な「この行為は適法ですか?」ではなく、次の七つの観点を全スキームに共通で要求しました。

・適用法令一覧(条文番号・資料名・URL)
・想定リスク(行政処分・民事責任・刑事罰)
・解釈が割れる論点(A説/B説/C説と根拠条文・行政実務・主流解)
・行政見解・裁判例の有無と射程
・契約形態・資金流・情報発信者・課金/ポイント方式を変えた場合の法的評価の変動
・企業の実務対応策(最小限/標準/理想)
・立法趣旨・行政運用・企業負荷を踏まえた総合評価(安全域/グレー/危険)

狙いはシンプルで、「単発のQ&A」ではなく「スキームごとの法体系マップ」を描けるかどうかを確かめたかったのです。個別法務ではなく、企画・新規事業レベルの論点整理にどこまで耐えられるか。そのテストとして、あえて金融・プラットフォーム・広告・資金決済というバラバラなテーマを並べました。

2    Legal Brain が描いた骨格 ― 4スキームの要約


まず、Legal Brain が返してきた回答は、4つのスキームごとに「ごく綺麗な教科書的整理」を提示するものでした。

2-1    成果報酬サービスと投資助言業

成果報酬サービスについては、金融商品取引法を軸に、投資助言業該当性の枠組みをきちんと押さえていました。

投資助言業に該当するのは、投資顧問契約に基づき、有価証券や金融商品の価値分析に基づく投資判断に関して助言を行う業務です。
無償の助言や、不特定多数に随時販売される雑誌・新聞のような形態は、投資顧問契約の定義から除外されます。
一方、インターネットを利用した会員制サービス等で、個別・相対性の高い情報提供を行う場合は、投資助言・代理業に該当する可能性があり、登録が必要となり得ます。


ここでは、金融商品取引法2条(定義)、35条(付随業務)、監督指針といった典型的な根拠が並びます。「有償性」「継続性」「個別性」といった判断軸も整理されており、いわゆる王道の枠組みになっていました。

2-2    プラットフォーム事業者の法的責任

プラットフォームについては、「場の提供者なのか、それとも主体なのか」という古典的なテーマが、民法・消費者契約法・古物営業法・裁判例を交えて描かれていました。

プラットフォーム事業者は、原則として取引の当事者ではなく、民事責任も第一次的にはサービス提供者が負います。
ただし、単なる場の提供を超えて実質的に取引に関与し、出品代行や料金の受領、システム管理を行う場合、その関与度合いに応じて責任を負う可能性があります。
インターネット・オークションにおいて、中止命令を無視した事案では、事業者に損害賠償義務が認められた裁判例もあります。


古物営業法21条の7(競りの中止)や、オークション事業者にシステム構築義務を認めた裁判例など、「媒介か主体か」という線引きに典型的な材料が出そろっていました。

2-3    アフィリエイト広告と各種規制

アフィリエイト広告については、景品表示法・薬機法・健康増進法・特商法・貸金業法など、複数法を横断する整理が行われました。

景品表示法は原則として事業者自身の表示を規制しますが、広告主がアフィリエイターの表示内容に関与している場合、広告主が景品表示法上の責任を負います。
また、広告主・アフィリエイター・ASPが連携して事業活動を行っていると認められる場合、アフィリエイターやASPも規制対象となり得ます。
薬機法や健康増進法は「何人も」虚偽誇大表示をしてはならないと定めており、広告主だけでなくアフィリエイターも規制対象になり得ます。


不当景品類及び不当表示防止法5条・7条・26条、医薬品医療機器等法66条、健康増進法65条、民法709条などが典型的な根拠として挙げられ、「誰がどこまで責任を負うか」という枠組みが整理されていました。

2-4    独自ポイント/トークンと資金決済法

ポイントやトークンについては、資金決済法を軸に「前払式支払手段」と「暗号資産」の切り分けが行われています。

暗号資産に該当するかどうかは、不特定性(不特定の者に対して代価弁済に使用できるか)や、法定通貨との交換可能性、市場の存在といった点が重要な論点です。
これに対して、前払式支払手段は、特定の事業者が発行し、自社または提携先で利用できるプリペイドカードやポイントなどが典型です。
自社のみで利用できる自家型は届出制、他社でも利用できる第三者型は登録制となり、有効期限が6か月以内などの場合には適用除外もあり得ます。


資金決済法2条(定義)、前払式支払手段に関する規定、暗号資産の定義、金融庁の解釈など、こちらも典型論点を過不足なく押さえている印象でした。

3    「適用法令一覧」は十分だったか

今回のプロンプトでは、「適用法令一覧(条文番号・資料名・URL)」という、かなり事務的な要求をしています。この点については、Legal Brain は比較的素直に応じていました。

・金融商品取引法(2条・35条など)と監督指針
・古物営業法、消費者契約法、民法、不法行為に関する条文
・景表法、薬機法、健康増進法、特商法、貸金業法
・資金決済法の定義条文と、前払式支払手段・暗号資産に関する行政解釈


といった具合に、根拠となる法令名と条文タイトルは、かなり丁寧に並べられていました。

一方で、「正式ガイドライン名」や「行政資料」のレベルまで踏み込むと、ばらつきも見えます。監督指針や消費者庁の資料名が明示されるケースもあれば、「ガイドライン」「行政解釈」とだけ抽象的に触れている部分もありました。

つまり、「どの法律が絡んでいるか」を洗い出すところまでは十分に機能しているものの、

どの告示・Q&A・通達レベルが決定的根拠になっているか?
それがいつの改正を反映しているか?

といった「資料の粒度」までは、まだ人間側で精査が必要だと感じました。

4    解釈が割れる論点と「A説/B説」の描き方

プロンプトでは、「解釈が割れる論点(A説/B説/C説…)」という書き方をあえて指定しましたが、実際の回答はそこまで大胆には割り切っていません。

成果報酬サービスでは、「不特定多数向けの情報提供は原則アウトではない」「会員制・個別性が高くなるほど投資助言業に近づく」といった、連続体としての整理

プラットフォームでは、「原則責任なし/実質関与あれば責任あり」という二分の枠組み

アフィリエイトでは、「景表法の主体は基本的に広告主」「連携度合いによってアフィリエイターやASPも事業者とみなされ得る」という、濃淡の整理

ポイント/トークンでは、「暗号資産か/前払式支払手段か/どちらにも当たらないか」という三分法


という具合に、「複数説」よりも「濃淡のグラデーション」として語られるケースが多かった印象です。

これは、Legal Brain の性格をよく表しています。
判例評釈型の「A説・B説」を並べるよりも、

・条文構造
・行政実務
・典型事例

をなぞりながら、「ここから先は危ない」「ここまでは安全側」という連続体を描く方に重心が置かれています。

裏を返せば、「どこまで攻めるか」の判断は、やはり人間側に残されている、ということでもあります。同じスキームであっても、

・投資助言業該当性を極力避けたいのか
・むしろそこに踏み込んで高付加価値サービスを設計したいのか

といった「攻め方」の違いによって、どの説を採用するかが変わってくるからです。

5    スキーム変形への感度 ― 契約形態・資金流・発信者を変えたとき

今回のプロンプトでは、「契約形態・資金流・情報発信者・課金/ポイント方式を変えた場合の法的評価の変動」という、かなり実務寄りの観点も指定しました。

Legal Brain の回答は、この点について、

・成果報酬が「投資成果」そのものとどれだけ連動しているか
・プラットフォームが、料金徴収や表示管理にどこまで関与しているか
・アフィリエイターが広告主とどれだけ一体として行動しているか
・ポイントが自社限定か、第三者でも使えるか、不特定性がどこまであるか

といった「軸」を示すことには成功していました。

ただし、「契約書をこう書き換えると評価がこうズレる」「手数料を誰が取る形にするかで、どこまで主体として見られるか」といったレベルのシミュレーションには、まだ踏み込んでいません。

ここは、まさに実務法務の腕の見せどころです。

同じスキームでも、契約/資金流/表示の設計を変えることで、適用法令やリスクの分担をどこまで動かせるか?
逆に、法の趣旨から見て「ここはどのように形を変えても危険域から抜けられない」ラインはどこか?

といった、「設計余地と限界」を描く部分は、人間側が Legal Brain の出力を土台にして上乗せしていく必要があると感じました。このあたりは今までの章と同じですね。

6    「最小限/標準/理想」の3段階と、総合評価

3つ目のテスト(電子帳簿保存法)と同様、今回も「企業の実務対応策(最小限/標準/理想)」と「総合評価(安全域/グレー/危険)」を求めました。

ここでも、Legal Brain は主に「やってはいけないライン」「明らかにアウトな例」を中心に語り、

・どこまでやれば理想的か
・どこまでは最小限として許容できるか

という、いわば「難易度設定」までは大きく踏み込んでいません。

これは、おそらく意図的な慎重さでもあります。
行政実務や裁判例がそこまで追いついていない領域(特に独自トークンや複合的なプラットフォーム)では、「理想形」を自動生成で断言すること自体がリスキーだからです。

その意味で、Legal Brain は「これは確実に危険」「ここまでは少なくともアウトではない」という外枠を示し、内側で「最小限/標準/理想」の線引きをどこに引くかは、事業戦略・レピュテーションリスク・社内リソースを踏まえて人間が決めるという役割分担が、ここでも浮かび上がってきます。

おわりに

今回の4スキームテストは、Legal Brain の「限界」を暴くというより、どこまでを機械に委ね、どこから先を人間の判断領域として残すのか、その境界を確認する作業だったように思います。
電子帳簿保存法テスト、取適法テストに続けて、成果報酬・プラットフォーム・アフィリエイト・トークンという複数の論点をまとめて投げ込んだことで、AI に向いている仕事と向いていない仕事が、ようやく立体的に浮かび上がってきましたように思います。

少なくとも、条文・ガイドライン・判例を横断して「関係ありそうなもの」を一気に洗い出す役割については、Legal Brain は十分に戦力になります。人手だけでこれを行うと、どうしても漏れやバイアスが入り、調査範囲そのものを狭く取りがちです。
一方で、その素材を前にして「どこまで踏み込むのか」「どこをあえて捨てるのか」を決める作業は、今のところ AI には荷が重いままです。事業戦略、評判リスク、社内リソースといった、玉虫色の要素が絡むからです。

おそらく、法務エージェントの現実的な使い方は、当面は次のような形に落ち着いていくことでしょう。

1. まず AI に、適用法令・行政資料・典型論点の候補を徹底的に洗い出させる
2. そのうえで、人間が「どの山頂を目指すのか」を決め、最小限/標準/理想のラインを自社なりに引き直す
3. 一度引いたラインが運用の中で摩耗していないかを、AI に定期的にチェックさせる
(経験の浅い若手が行う範疇と被っていますね)

地図を描くのは Legal Brain でもかまいません。
ただし、どの道を選び、どの崖には近づかないか、どこであえてリスクを取るかという判断は、しばらくは人の側に残り続けます。

今回のテストは、Legal Brain の賢さを証明する実験ではなく、むしろ「うまく手綱を握れば、どこまで共同作業相手として使えるのか」を測るためのリハーサルだったといえるでしょう。
AI に期待する役割を過大評価も過小評価もせず、地図を書く仕事と、歩くルートを決める仕事を丁寧に分けていくこと。それが、これからの法務エージェントとの付き合い方として、いちばん現実的なスタンスなのだと感じています。