はじめに ─ 死神は外から来ない
昨今、「AIが仕事を奪う」とはよく言われます。特に、ホワイトカラー職については、公認会計士等の難関職であってもいずれAIに代替されるのでは?と言われています。
しかし正確には、AIは人の仕事を勝手に理解して奪う存在たりえません。業務をAIが観察して分析し、非合理な点を抽出したあと、改善後の業務フローを妥当性の高い形で提示するというのは、いかにAIの能力が高くても自律性の観点から難しいです。
AIは入力されたタスクを処理するだけの非常に高性能な道具であり、そのタスクが「意味のあるものかどうか」「継続するに足りるものか」を解釈する力は持ちません。さすがに今後も持つことはないと思います。
では、仕事を本当に奪う主体はどこにいるのでしょうか?
答えはシンプルで、自分が死神になるか、そうでないかです。
ホワイトカラー職で、自分が死神でないのならば、近くにいる優しくて色々教えてくれるITに強そうな人が死神です。死神は顔もわからないテック企業のすごい人ではなく、案外身近にいるものです。いかにすごい人でも、1つの業務を理解し、AIが可能な形に翻訳し、実装まで見届けるには人生が短すぎます。
だからこそ、死神は外から訪れるのではなく、自分の中に宿す必要があります。能動的に死神になるとは、自ら業務を刈り取り、境界線を描き直す主体になることです。
本稿では、その条件を四つの視点から探ります。
第1章 死神は「意味を問う者」
能動的な死神の第一条件は、業務の意味を問う姿勢です。
多くのホワイトカラー業務は、「なぜやっているか」を言語化せずに継続されています。報告書の二重作成、形式的な会議、意味が失効した承認フロー──こうした業務は、慣習の中で生き延びているにすぎません。
死神は、これらに冷徹な問いを投げかけます。
・この業務は誰に価値をもたらしているか?
・この業務は今の制度や技術の前提に照らして妥当か?
・もしなくなったら誰が困るのか?
理由をつけて続けることもできるでしょうが、その理由が弱ければ、「AIで75点の質で続ける」ことも選択肢たり得ます。
問いに答えられない業務は、死神の鎌にかけられる対象です。
第2章 死神は「境界を描く者」
能動的な死神の第二条件は、AIと人間の境界線を設計することです。
AIに全てを委ねれば誤検知や誤判断も増え、逆にAIを使わなければ人間の手間が増えるだけです。この線をどこに引くかは、誰かが担わなければならない責任です。
例えば、経理の支払い業務では、
・AI:請求書のOCR読み取り、金額突合、二重払い検知
・人間:不明瞭な請求の解釈、支払いを前倒すかの判断、取引先との信頼維持
という境界線を引くことができます。このように業務の一つひとつに「AIに委ねる/人間が残す」という線を描く力が死神には必要不可欠です。これができれば、死神の素質があると私自身は考えています。
境界線を能動的に描く者は、AIに淘汰されるのではなく、AIを使って淘汰を設計する主体になります。
できることとできないことを見極め、力が発揮できる業務を少しずつ渡す。
...これは一昔前なら優れた育成者の形質ですね。
鎌が振り下ろされるより前に、忍耐強くて育成がうまい上司・先輩もどんどんAIが占有していきそうです。
第3章 死神は「監査を続ける者」
境界線は一度引いたら終わりではありません。AIは進化し、制度や環境も変わります。昨日まで人間しかできなかった自然言語処理や画像認識も、今ではAIが高精度にこなします。逆に、新しいリスク領域も次々と現れます。
能動的な死神の第三条件は、この変化を前提に「監査を続ける力」を持つことです。
・AIアウトプット比率を定点観測する
・事後監査ログを残して、AI判断と人間判断の差分を振り返る
・業務ごとに「まだ人間に残すべきか」を問い直す
死神は一度刈ったら満足するのではなく、刈り続けられる体制を維持します。監査と更新を繰り返すことで、死神の刃は鈍らず鋭さを増します。
第4章 死神は「キャリアを設計する者」
最後の条件は、死神の視点を自分のキャリアそのものに統合することです。業務に対して鎌を振るうだけでは、自分自身が時代遅れのスキルや役割にしがみつき、刈られる側に回る危険があります。
能動的な死神は、自分のキャリアにも同じ問いを投げかけます。
・このスキルはAIに代替されるか?
・この経験は今の環境でも価値があるか?
・自分にしかできない「意味づけ」は何か?
キャリア棚卸しを習慣化し、古びたスキルを刈り、新しい学習や役割を取り込む。それは「淘汰されないための自衛」ではなく、「淘汰を設計する主体になる」ための攻めのキャリア戦略です。
おわりに ─ 死神を選ぶか、選ばれるか
意味を問う者、境界を描く者、監査を続ける者、キャリアを設計する者。これらを実行できる人だけが、AI時代に「刈られる側」ではなく「刈る側」に立ち続けることができます。
AIが勝手に仕事を奪うことはさすがにないと思います。
死神は外から来るのではなく、近くにいて鎌を研いでいます。
それが嫌なら、自分の中に生むしかありません。
能動的に死神になるか、それともただ刈られるのを待つか──選択は常に、自身に委ねられています。
私は断然死神になる派です。名刺に書いたら圧力ありそうですね。