こんにちは!
1級FP技能士のアシまるくんです!
第1章『広がる重版の夢と現実との溝』
「本を書きたい!」そう思ったことはありませんか?
私はあります。別に副業で一山あてよう、とかそういった類ではなく、自分の思想の塊が丁寧に装丁されて店頭に並ぶ様を想像するとワクワクするからです。
しかし、本を書くことは難しいです。
まず、テーマ。人に講釈を垂れるほどの内容が自分にあるのか。
そして、読者。私がしたい話と読者が読みたい話の溝が大きすぎないか。
最後、これを一番に推したいですが、つなげる難しさです。
でんじゃらすじーさんの作者、曽山一寿氏はブログであるショート漫画を投稿しています。
要は、印象的なシーンは割と誰でも思いつくが、そのシーンの間をつなぐのが非常に難しい、と。 確かに、人間誰でも1つや2つくらいは主張があるでしょう。思いの籠った主張が。しかし、それを数100ページの本に仕上げるスキルを持ち合わせることはなかなかに難しいのではないでしょうか?
AIが楽々長文を作ってくれる時代に本の書き方について考えてみようと思います。
第2章『5月15日はコロコロコミックが生まれた日』
まずは本を書こうと思ったときに、大きく2つに分かれると思っています。
現代文でいうと、ざっくり評論と小説の2種類。つまり、ノウハウや知見の発信手段としての出版物であるのか、それとも創作もしくはノンフィクションなどのエンタメ目的(*1)の出版物であるのか、で大きく分かれます。
まずは、エンタメ目的の出版物について考えましょう。
といっても、私のような一介の末端会社員の自伝やエッセイなどに興味があるという方は稀有だと思いますので、エンタメ目的で何か出すのであれば、創作物で勝負することになろうと思います。
さて、面白い漫画を描く方法として知られているものとして、"面白い経験をたくさんすること"というものがあります。少し雑ですが、面白い経験をすることは、面白い漫画を描くための必要条件ということですね。これの対偶、つまり、面白い経験をしてないから面白い漫画を描けない、というのは実は私には似た経験があります。
高校時代に脚本を創作する機会がありました。しかし、田舎の高校生にそんなに大層な面白い経験があるわけもなく、なんとなくマンガの受け売りで書く以外に方法がありませんでした。それっぽく作り上げたその脚本はメッセージ性がある雰囲気だけで、結局何が言いたいのか、話もよくまとまってないもの(*2)でした。
書く難しさにフォーカスしましたが、書いた後も問題です。SNSを見れば、創作が乱立しています。AIが漫画・動画を作るようになったことで、無機質な絵柄のどこか均質的なマンガや動画がすぐにサジェストされる世界にうんざりした気持ちを感じずにはいられない私がいます。しかし、ただえさえ人間の競合が多いのに、AIの大量生産も押し寄せてきて、創作で出版をするのはなかなか覚悟が必要です。
もちろん、ただ何かを出版したいというだけであれば、同人誌や自費出版という手があるにはありますがね。
(*1)伝えたいメッセージのために物語を創作する可能性も0ではないので、スパッと2分割できるわけではないですが、分かりやすい分類ではあると思うので、一旦ご容赦ください。
(*2)こちらの記事↓の通り、不完全も味と思える風土があったので、当時はそれでもなんとかなりました。
第3章『私たちはどう伝えるか』
では、ノウハウ・知見の発信について考えましょう。
これこそAIとバッティングします。
その分野を最先端を走る方であれば、その発信するノウハウに大いなる価値もあるでしょうが、そうでもなければ発信するノウハウ・知見そのもので価値を生むというのはなかなか難しいです。
ここで注目すべきは、貴方にとって当たり前の知見は、ほとんどの場合、多くの方にとって当たり前ではないということです。普段の仕事仲間は当然のように、ノウハウが似通ってくるので、自分の優位性を感じにくいですが、一歩飛び出してみると、自分にとって至極当たり前のことがありがたがられる。そして、逆も然り。他人のあたりまえが自分にとってはありがたい知識であったりもする。
なので、持っている知見そのもの自体はご自身の周囲の世界で見たときに価値はあるのですが、出版となった時にやはりその世界の第一人者と何かしらの差別化を図らなければいけないわけです。それゆえに、知見だけで価値を生むのが難しい。
ノウハウ・知見そのものは(その分野では)ありふれたものでも、その発信方法で差別化を図る方法もあります。しかし、これはその道の第一人者が一般向けに極めて基本的な内容を解説しているような良書はもちろん、YouTube等で活躍している著名人が一般の方にその分野をご自身の視点を加えて解説している良書が乱立しています。特に著名人の出版物はその方の人物特性がイメージしやすく、ありふれた内容に良いエッセンスを加えることで、出版の壁を越えています。ある意味、創作×ノウハウ型の出版物とも言えます。
第4章『知見という素材を活かす創作という料理』
前章で、創作×ノウハウというHintを得ました。
自分が持つノウハウのうち、世間様に出せる程度の最低限の強みになりうるもの、っていったい何でしょうか?
前章で触れたとおり、他者との関わりの中でその輪郭が浮かんでくることが多いです。しかし、分野の異なる他者との良質な議論の場というのは、非常に希少なものであり、文字通り"ありがたい(有難い)"ものであります。
それ故に、私は自分の強みとなる知見を見つけるのに相応に苦労したわけですが、最近、良い方法を見つけました。それはAIにある程度その分野について喋らせて、それに対して"ある程度モノ申したい"と感じたら、それは強みです。やはり、AIの文章というのは現時点においてそれっぽさでは最強格なので、あまり知見のない分野だと、ふむふむ、となりがちです。"えーかげんにせーよ"と思えてるということはその分野に関してある程度の知見を持っている一つの判断基準かな、と考えます。
創作における自分のよさ、というのは、これはもう文章書いていくしかないですね。たくさん書いていくうちに自分の味が分かってくるのだろう、と信じて今日も私はこの記事を書いてます。
なんかサクッと書くだけの記事のつもりが、長ーくなってしまいました。いつもこんな感じで、あっちこっちに"ぶらり途中下車の旅"の様な文章ですが、これが私の味なのか、はたまた弱点なのかは、今はまだ謎のままです笑



