こんにちは!
1級FP技能士のアシまるくんです!

第1章『音楽鑑賞なる高尚な趣味』

先日、吹奏楽のコンサートに行きました。私にとって吹奏楽とは、なんか放課後になると校内に響くやかましいもの(*1)程度の認識だったので、初めての吹奏楽コンサートです。

座組が面白く、吹奏楽の顧問としてご尽力された先生の還暦記念コンサートらしく、いままでの教え子が一堂に介し演奏をします。現役中学生から上は40代まで幅広く、演奏経験も最近始めた子供から長らく楽器から離れていた方、プロの音楽家として世界に跨り活躍されている方までとても多様性に満ち溢れています。

このコンサートを通じて思うこと・学ぶことがあったので、書き綴ってみようというのが今回の趣旨です。

(*1)おそらく本格的な学校様では違うのでしょうが、如何せん田舎の山中にある公立校だったのでご容赦を。


第2章『モノサシでは測れない味』

さて、私は高校の時に演劇部でしたが、その顧問の先生が離任される時のご挨拶がいまでも印象に残っています。

"高校生の演劇ってね、下手なんです。プロじゃないので当然です。でも僕はそれが好きなんですよ。舞台の登場人物であるはずなのに本人の人柄が見え隠れしている。その何とも言えない感じが魅力なんですよね。"

とても温もりのあるお言葉で私の心に残っています。思わず上手な方がいいと思ってしまいそうなんですが、あえてそこではないところに価値を見出しているのが素晴らしいと思いました。

ちなみに、私はこの魅力のことを"味"と呼びます。この味が人間だから出せる魅力であり、科学技術がどれだけ進歩しようと、AIが生活の大半を占めようと、人間たる所以の一つだと思っています。(*2)

それで言うと、今回の吹奏楽コンサートに味は感じました。かつて同じ先生に指導を受けたという一点で、年齢も経歴もバラバラの方が1つの音楽を作る。プロの隣で演奏する中学生の緊張感が客席まで伝わってくる様は、引き込まれるものがありました。

(*2)これが少し難しいのは、時代遅れのジュークボックスが奏でるジャズの音色に味を感じることがあるから、味は人間だけではなく機械でも醸し出せるのではないか?という反論が思い浮かびます。私の意見としては、その時代遅れだが色褪せない音色を通じて浮かべる情景に味を見出しているので、その機会に蓄積された人間の痕跡が味なんだと思います。


第3章『赤くなるのに朱の善し悪しは問わず』

前章では情緒的なお話をしたので、少し現実的な話をしましょう。
まず、私は音楽に関してずぶの素人であり、この分野において無教養であると言って差し支えないでしょう。
その上で、世界レベルの方が何名か演奏されていて、その方々にフューチャーされる場面も何か所かありましたが、そこで違和感を感じました。率直に言って、世界レベルでもこんなものなのか?という思いを全く抱かないわけではなかったです。よくよく目と耳を凝らして舞台に集中すると、すごく演奏しづらそうに感じました。

幸運にも、終演後にプロとして参加された演者の方(*3)と話す機会を得たので、自分の率直な感想と推論を答え合わせすることができました。

まず、今回の舞台は総勢100名以上とかなりの大所帯でした。その中でプロとして参加された方はわずか1桁。その他は、学生や楽器にブランクがある方が大数を占めます。そう、数の暴力です。ある程度レベルの高い集団でなければ、世界レベルのプロがフューチャーされる場面ではそれを引き立てるような伴奏はやっぱり難しい。

同じ舞台に立ったプロ目線から見ても、演奏しにくそうだった、というのが正直なところだそうです。
世界レベルのプレーヤーでもそうなってしまうのか、と驚愕しました。

(*3)ちなみに、待ち合わせの時間まで近くの図書館で時間をつぶしていたら、"素敵な方は時間の使い方が違いますね"と言われました。いぇい。


第4章『不完全を言い訳にしないからこその美しさ』

不完全に価値を見出すこと自体はとても素晴らしいと思います。他者に対してこの視点を持っておくことで、自分の人生に間違いなく深味が増します。

一方で、これを自分が努力しない言い訳に使ってはなりません。
先日の体験から、世界クラスの演奏家を以てして、環境によっては実力を十分に発揮できないことが分かりました。人間というものはそれだけ周囲に影響を受けるものです。
レベルの高い集団についていくんや、と周囲からよりよい影響を受ける。もしくは、自分がこの集団を引き上げるんや、くらいの気概を持ち、自分が影響力を出す。周囲からの影響をこのようにプラスに変えていきたいものです。

どれだけ努力をしても、完璧はありません。しかし、その完璧になれない不完全さには、努力に基づく本人の人柄という温かみのある美しさが現れると思います。

AIが精度を上げ、完璧を目指す。その対比として、人間のこの完璧たり得ない美しさが、人間固有の魅力として、これからの時代に輝きを増すことを期待しています。