はじめに ─ 偶然を恐れ、偶然に救われる

「運」は、理屈を超えた力として語られてきました。
努力しても届かない領域。
同じことをしても、結果が違う領域。

私たちは、そこに神を置き、運命と呼び、
どうにかして理解しようとしてきました。

しかしAIの登場によって、
その「運」までもがデータとして解析されようとしています。
天候、相場、病気、恋愛──
かつて偶然とされていた現象が、次々と“確率”へ変換されているのです。

では、AIがすべての確率を制御できるようになったとき、
「運」はまだ存在すると言えるのでしょうか?

1. 運とは、確率の端で起こる感情である

「運がいい」「運が悪い」という言葉は、
実際には人間の感情の反応を指しています。

同じ結果でも、期待と結果のズレが大きいほど、
人はそこに「運」を感じます。

たとえば、AIが完全に予測できる世界では、
驚きも希望もなくなるかもしれません。
なぜなら、不確実性が残っていることこそが運を生む条件だからです。

つまり、「運」とは現象ではなく、
人間が偶然を感情として受け取った瞬間に生まれる概念なのです。

AIが確率を整えるほど、
私たちは運を感じにくくなる。
だが同時に、「運を再設計する」ことも可能になりつつあります。

2. AIはすでに運の分布を学んでいる

AIは運そのものを理解してはいませんが、
「幸運のように見えるパターン」を見つけ出すことができます。

広告のCTR(クリック率)を上げるアルゴリズム、
SNSの拡散確率を高めるモデル、
金融市場の変動を予測する機械学習──
これらはすべて、「偶然を構造的に起こす」技術です。

AIはランダムを排除するのではなく、
起こってほしい偶然を生成する方向に進化しています。
言い換えれば、AIは「幸運を再現可能にする科学」を学びつつあるのです。

それは、人間が祈りによって偶然を呼び込んでいた構造を、
アルゴリズムとして模倣する試みでもあります。

実際、人間が偶然を呼び込むメカニズムはほぼ解明されていますがね。

3. 設計された偶然──AIが選ぶチャンスの形

AIが最適化を進めると、
人間の「偶然の出会い」や「思わぬ成功」が減っていきます。
出会いも推薦も、過去データから最も効率的な選択として導かれるからです。

このとき、人間の創造性はむしろ偶然の余白に宿ることがわかります。
最適化の外側に、発見がある。
予測不能なズレの中に、新しい選択肢が生まれる。

AIがその構造を理解し始めると、
次にやることは、「計算された偶然」の設計です。

音楽や映画の推薦にわざと外れを混ぜる。
経路検索に少し遠回りの風景を提案する。
──AIは、人間の幸福を高めるために、
不確実性をあえて設計する存在になっていくでしょう。

4. 偶然を取り戻すリーダーシップ

AIが運を扱うようになると、
リーダーシップの本質も変わります。

従来の管理とは、予測し、統制することでした。
しかし、AIがその役割を担ったあとに残るのは、
「偶然を起こす場を設計する力」です。

偶然とは、信頼と自由がある環境でしか生まれません。
失敗を恐れない余白、会話が交差する瞬間、
そこに新しい発想が生まれます。

リーダーは、AIが最適化した道筋の外側に、
意図的なノイズを配置できる人になる。
運を呼び込むのではなく、偶然が発生する空間を整える人へと進化していくのです。

おわりに ─ 運を設計できる世界に、希望は残るか

AIが運を扱うようになるとき、
人間の祈りは意味を失うでしょうか?

おそらく、そうではありません。
AIが偶然を設計し尽くした先で、
なお「どうしてか、うまくいった」という瞬間に、
人は再び運を感じるのです。

それは、偶然ではなく、理解できないほど複雑な必然。
そして、その理解できなさを美しいと思える感性こそ、
人間の最後の特権です。

AIが運を設計する日、
人間は、運を感じる能力によって人間であり続ける。

すべてが予測できる世界では、
「思いがけなさ」こそが、新しい奇跡になるのです。