《はじめに》

「資産計上か、費用計上か。」
経理の現場で日々突きつけられるこの判断は、企業会計の正確性を支える最重要テーマの一つです。専門的な知識と時間を要する労働ではありますが、認知・判断によって発生するコストを低減することができる業務の一つでもあります。しかし、その一方で、経験や知見に応じて、判断が属人化してしまう課題もあります。会計基準としてはある程度金額で基準が決まっているものの、実務上の余白は大きいのが実情です。

この作業をAIが代替・補助できるとしたら、経理業務の効率化と精度向上に大きく貢献するでしょう。

《そもそも固定資産とは何か》

1. 固定資産の定義

固定資産とは、企業が事業活動のために1年以上使用または保有する資産のことです。短期で売却する商品や原材料とは区別され、長期的に会社の経済活動を支える投資対象となります。

有形固定資産:建物、機械装置、車両、備品など

無形固定資産:ソフトウェア、特許権、商標権など

投資その他の資産:長期保有株式、長期貸付金など

2. 費用との違い

固定資産に該当しない「費用」は、その年の売上と対応させるために発生した年度に一括で損益計算書に計上されます。一方、固定資産は耐用年数に応じて減価償却という形で複数年度にわたって費用化されます。

例:100万円の機械を購入し、耐用年数が5年の場合

費用扱い:購入年度に100万円を一括費用化

固定資産扱い:毎年20万円ずつ費用化(5年間に分散)

実際、5年使える機械の費用を1年で計上してしまうと、初年度だけ利益が小さくなる一方、残りの4年間では費用が発生しません。年間ごとの成績を見て、業績を判断するうえでこうしたばらつきが出てしまうのは望ましくないため、減価償却の考え方で費用を複数年度に按分しています。

3. 税務上の意味合い

固定資産か費用かの判定は、法人税額にも影響します。さらに、土地や建物を除く一定金額以上の事業用資産には「償却資産税」という地方税も課されます。
固定資産の価値がいくらなのか?という命題は、支払う税金も左右するのです。

《固定資産判定の難しさ》

1.修繕費 vs 資本的支出
経理マンであれば必ず一度は頭を悩ませる命題です。
機械や建物を修理した場合、その費用が「元の状態に戻すための修繕費」なら費用計上ですが、「性能を向上させる改良」なら資産計上です。この境界は実務上きわめて曖昧です。
実際の工事では修繕しながら機能が向上するものも多々あります。

2. 少額資産の特例
日本の税法では10万円未満なら費用扱い、30万円未満なら一括償却資産として特例処理が可能です。基準は複雑で、担当者の経験や社内規程に左右されます。

3. ソフトウェアの扱い
パッケージ購入か自社開発か、利用目的は販売用か社内利用かによって資産か費用かが変わります。SaaS利用料のように会計基準が追いつきづらい分野もあり、最新の知識が不可欠です。

4. 会計基準と税法の二重性
会計上は資産計上でも、税務上は費用認容される場合があり、二つの基準を行き来する必要があります。

《AIは固定資産判定を担えるのか?》

結論から言えば、現職経理マンの考えでは現時点で100%の代替は難しいという認識です。

明確に金額基準(10万円未満は費用など)が存在する段階は、ルールベースで定義が可能な領域でしょう。また、機械本体で数百万円を超えるような、明らかな新規設備の取得も定義可能ですね。
会計基準や税法で定められた「明文化されたルール」であれば、AIでなくてもルールエンジンで自動化可能と思われます。
ただし、資本的支出も明文化というかフローチャート化はされているんですが、そのままルールエンジンとして使用するには解釈の余地が大きすぎますね。
そこで活躍すると考えられるのが、機械学習・LLMですね。文脈理解に基づく曖昧なケースの推論により、そこそこの精度で修繕費と資本的支出の区別はできるものと思われます。
過去の事例をcsvなどで蓄積させれば、判断の自信度(確度)も出せるようになるでしょう。
社内規定を理解させて、一定金額以上で必要な稟議のリマインドを行うこともできそうです。

勿論、人間の判断を残すべき領域もあります。
そのほか諸費用を資産取得価額と費用に按分したり、実態と言語情報が乖離する場面など、100%の精度で行うことは人間と同様に不可能でしょう。また、意図的に1年未満で撤去するなど、将来計画に依存するケースも無理ですね。
AIは論点整理や不足情報の指摘までは得意ですが、最終判断は経理責任者や監査人に委ねられ、判断責任は残ることになります。

flowchart TD
  UI[Streamlit UI] --> Main[Main Orchestrator]
  Main --> DA[Document Analysis: PDF解析/OCR]
  Main --> AA[Asset Advisory: 判定ロジック]
  AA --> Rules[rules.json: 明確ルール]
  AA --> LLM[Gemini API: 曖昧ケース]
  Main --> Log[修正履歴: corrections_log.csv]
  Main --> Out[出力: CSV/PDF/ダッシュボード]


・UI (Streamlit)
PDFアップロード、判定結果の可視化、手動修正入力

・Document Analysis
電子PDFから直接テキスト抽出
欠落部分のみOCRアンサンブル
※AI-OCRの精度が怪しい場合はcsvデータのインポートのほうが現実的か?

・Asset Advisory
ルールエンジン:定型処理(透明性・高速)、jsonでのフローチャート定義
LLM:曖昧ケースを理由付きで判定
信頼度スコアで「自動処理/要確認」に振り分け
信頼度が高いものは過去の資産台帳から耐用年数判定も可能と思われる

・修正履歴ログ
人間が修正した結果を蓄積
ルール改善やLLM再学習に活用

・出力
判定一覧をCSV/PDFへ

現時点の技術では、AIは「完全な置換」ではなく、人間の判断を補助し、疲弊する作業を減らす有能な事務作業員として実力を発揮することでしょう。

《おわりに》

固定資産判定とは、単なる仕訳作業ではなく、企業の財務報告と税務の信頼性を支える根幹的判断です。その意味で、AIに完全に任せることは難しい部分も残ります。
判定だけでなく、減価償却額の概算計上を行っている場合は、計上額との差額を修正仕訳として反映する必要もあります。

しかし、ルール化できる部分はすでにAIで十分自動化可能であり、曖昧な領域でもAIは「論点整理と理由提示」によって担当者を強力にサポートできます。

結論としては、固定資産判定はAIで判定可能な部分もある。ただし全面自動化ではなく、AIと人間が協働する形が現実解である、といった落としどころでしょうか。

AIの導入は、経理担当者を「迷い続ける作業」から解放し、より戦略的な業務に時間を振り向ける第一歩になるはずです。
今後談笑する同僚が、椅子を消される側の作業者と、AIと一緒に椅子を消す側の創造者とに残酷に分かれていくことでしょう。