教育の目的は物事の知識を増進するのみでなくて之を増進させる根本力をも養うにある。やさしく知識を獲得するということは、お粥ばっかりを食べておると同じことで、歯の根が固まらず、顎骨が発達せず、胃袋の抵抗力が弱くなる。

    やさしく覚えらるることをわざわざ六箇敷(むつかし)くして覚える必要もないようであるが、この六箇敷きに打ち克(か)たんとする意思の教育が、この時は、知識の習得よりも大事になるのである。

    『鈴木大拙全集』十六巻より

ChatGPTやNotebookLMなどで、いろんなことが噛み砕かれた状態で出てくる今の時代、1歳の息子を持つ者として、そして自分と顧客の教育に携わる者として、肝に銘じる事柄