こんにちは!
1級FP技能士のアシまるくんです!

さて、ブログも気づけば、30記事目となりました。
まずは、継続できた自分を強く褒めたいです。

そして、貴重なお時間を割いて目を通してくださる読者の皆様、コメントやリアクションをしてくださる皆様のおかげで、ここまで続けることができました。
本当に励みになります。深く感謝申し上げます。

第1章『自分だけは特別なプレーヤー』

さて、皆様、"自分はこんなに頑張っているのに何で評価されないんだ!"と憤りを感じたことはありませんか?それが、仕事かもしれないし、学業かもしれないし、資格試験かもしれないし、いずれにせよ、努力が思ったように報われず、憤り、もしくは、強い落胆を感じた経験は多かれ少なかれあるのではないでしょうか?

私はそれはそれは日々憤りや落胆を感じております。
そもそも私は"自分は稀代の天才だから、一生懸命やれば成果が出るはずだ。"と強く信じることを努力の源泉としています。一歩間違えれば相当な自惚れですが、ある種の自己暗示のようなものです。これが努力をしない言い訳になったり、天狗になり周囲への態度に出るようになっては大問題だと思いますが、私の場合は努力を続けるために自分の才能を信じるためのキーフレーズが"稀代の天才"(*1)なわけです。別に自分を信じるための言葉は何でもいいですし、本当に天才かどうかなんてどうでもいいのです。ただ、私にとってこの言葉の聞き心地がよいだけです。しかし、そう言い聞かせているので、自分への期待が大きい分、反動として憤りや落胆が来るわけですね。

AKB48・高橋みなみ(*2)は言いました、"努力は必ず報われる"、と。
人気予備校講師・林修は言いました、"正しい方向の正しい量の努力は報われる"、と。

この言葉の功罪を少し数学的観点で深堀するとともに、貴方の努力は外部評価に左右されることなく確かに誇れるものであることを数学的に示してみましょう。そして、穏やかメンタルを手に入れて、快眠できる日々を目指しましょう!

(*1)元SKE48・須田亜香里が現役当時、アイドル仕事がある朝は鏡に向かって"今日も私は可愛い"と3回言う、というルーティンを取り入れていたというエピソードがあります。総選挙2位まで登り詰める強者メンタルの作り方として、一定程度参考にしています。
(*2)高橋みなみはこの4月から洗足学園音楽大学の客員教授になるそうです、すごいですね。


第2章『私の能力はヒルベルト空間に存在する』

この世の中は複雑です、そして、人の能力、その人がいてくれるという価値はそれ以上に複雑で、単純な優劣だけではとても評価できるものではありません。

LLM(大規模言語モデル)は言葉の辞書を高次元のベクトル空間に配置していますが、もし、超常的な力の持ち主が私たちの価値を測るモノサシを扱うとするならば、そのモノサシはそれ以上に高い次元のベクトル空間の中にあることでしょう。

このある種の畏怖すら感じる小宇宙のようなベクトル空間に内積を導入します。
これで、人の価値をヒルベルト空間(*3)に置くことができました。ヒルベルト空間という単語を扱うには、数学的にはだいぶ粗いですが、本筋ではないのでご容赦ください笑

さて、ここで、役者の皆様にご登壇いただきましょう。
能力ベクトル:ヒルベルト空間に存在するあなたの能力を示すベクトル。スカラー(ベクトルの長さ)は知識・経験・努力の蓄積により大きくすることはできるが、指し示す方向はあまりにも千差万別。
評価ベクトル:資格試験や仕事で評価を行う際にその方向性を指し示す単位ベクトル

この時、貴方の評価は、能力ベクトルと評価ベクトルの内積で表されます。評価ベクトルを単位ベクトルとしているのがミソです。評価ベクトルはあくまで方向性を示すためだけのもので、評価の大きさには寄与しません。

つまり、
θ:能力ベクトルと評価ベクトルがなす角
とすると、

評価値= |能力ベクトル| * cos θ

で表すことができます。
例えば、社内の評価の場合、努力の方向性が会社の方向性とほとんど同じであれば、能力がほぼそのまま評価に反映されますが、てんで違う方向に向かっていると0に近づいていきます。最悪、逆方向にダッシュしている(逆方向にダッシュするのは相当難しいと思いますが笑)と、マイナス評価になることもあるのです。

(*3)私の母校にはヒルベルト文庫と呼ばれる、高名な数学者・ヒルベルトの蔵書の一部が10,000点以上保管されており、貴重な文化資産として教えられました。


第3章『数学モデルを味わう』

さて、前章でせっかくモデル化したので、ここからはしっかり味わっていこうと思います。まず、能力ベクトルと評価ベクトルの方向が完全に一致している場合、(すなわち、能力ベクトルが評価ベクトルのスカラー倍である場合、)あなたの能力は評価に100%直結します。逆に、能力ベクトルと評価ベクトルのなす角が90°である場合、例えば、司法書士試験に合格したいという目標に向かって、毎日サッカーのリフティングの練習をしたところで、司法書士試験という評価ベクトルでの評価値は0でしょう。(*4)

ここまで来ると、評価ベクトルと能力ベクトルの位置関係の重要性が伝わってきたかと思います。特に、評価ベクトルが重要ですね。しかし、この評価ベクトルを捉えるのがなかなかに難しい。

学生時代を思い返してみてください。定期テストの方が実力テストよりも簡単ではありませんでしたか?一般に、定期テストは授業の理解度の確認に用いられるので、評価ベクトルが客観的に分かりやすいです。従って、努力の方向性が明確で、能力ベクトルを定期テストでの高評価という目的に向かって育みやすいです。一方で、実力テストは定期テストと比べると、評価ベクトルの方向が分かりにくいです。

これが、仕事や難関資格になるとなおさらです。評価ベクトルが極めて分かりにくく、状況によってはまるでランダムであるようにも見えます。特に仕事においては、評価ベクトルは社内情勢、社会情勢、人間関係等により常に変動し続けます。能力ベクトルと同じ向きを向いていたはずの評価ベクトルが突然変わることもあるのです。

(*4)難関資格の学習には基礎体力も必要なので、完全に0ということはないですが、それでもなす角は90°に限りなく近いと思うので、内積も限りなく0に近づくと思います。


第4章『努力は必ずしも報われるとは限らない』

結局、外部評価というものは、自身の能力のうち、その時の外部の風向きとあっている部分がたまたま優れている人に高い評価がつく、というだけのものなのです。外部評価が低いことは、あなたの能力を否定するものではまったくありません。能力ベクトルが極めて長大なものであったとしても、その時にたまたま存在している評価ベクトルと方向性が違えば、残念ながら評価は低いです。

ここまでお話ししてきたうえで、"正しい方向の正しい量の努力は報われる"について私なりのアンサーをして締めたいと思います。

正しい方向の正しい量の努力は確かに報われるが、正しい方向を知るには世の中はあまりにも複雑である”、これが私の答えです。