ラノベのタイトルみたいな感じで始まりましたが、このブログには、こんなタイトルがちょうど良いという感じですね!

この想像を超えた物語の世界を、是非みなさんに体験して欲しいという思いから、目を引くものにしました。

さて…本題に戻しましょう。

DeepSeek-R1というChatGPTのo1に匹敵するという触れ込みの大規模言語モデルが、Webのチャットとして公開されましたので、早速触ってみることにしました。

https://chat.deepseek.com/

やはり、新しいLLMを見ると物語を生成させたいという気持ちが湧いて来ますね!

なので、早速過去に利用したプロンプトを駆使して作らせて物語を読んでみましたが…

「何が書いてあるか…さっぱり分かりません!」

…つまらないとか、破綻してるとかではない気がするんですよね。ただただ、何言ってるか理解出来ない。頭に入ってこない。題材として「量子力学をテーマとした恋愛小説」とか指示したのが悪かったのでしょうか?

でも内容を知りたいから…読もうと挑戦しましたが…挫折しました。意味の分からないものは…理解出来ず頭に入らないものは…読めないのです。

そこで閃きました!こういうのが非常に得意な奴がいます!

「ChatGPT o1!!」

こいつです!なんとなく適当な単語並べるだけで、話を膨らませて記事を書いてしまうという優れもの!
こいつなら、訳のわからない物語も、人間が理解出来るように変換できるはずです。

プロンプトは相当長く複雑化なものにしました。なので、ここで公開して説明できる量でもないので、公開はしないでおきます。

一部抜き出すとこんな感じです。プログラミングをプロンプトにしてやりたい事を全て伝えている感じです。

#---【メイン処理フロー】---#
def main():
    # システムのコンテキストを初期設定
    set_system_context(SYSTEM_PROMPT)

    # ブラッシュアップのためのループ回数を設定
    MAX_REVISIONS = 1000


…やってみました。
…物語は読めるようになりました。
…でも、やっぱり訳がわからないです。

訳がわからないのですが…なんというか…

「凄え…」

という感じです。
幻覚作用のあるドラッグで夢の世界に入り込んだ…そんな物語です。

これはとにかく…読んで体験してみて下さい!

“The Quantum Butterfly Dances in the Turbulence”〜量子の蝶は乱気流に舞う〜

第一章 箱庭の量子蝶

闇を切り裂く、幽かな青白い光。
その光に浮かび上がる少女の長い睫毛が、かすかに揺れる。
キーボードを叩く指先からは、まるで硝子の風鈴を鳴らすような透明な音がこぼれ落ちる。

「……波動関数、あと十数分で収束。量子エンタングルメント(※離れた粒子同士が情報を共有する現象)同期率、98.7パーセント」

白衣の裾を床に広げたまま、瑠璃羽(るりは)は宙に投影された三次元ホログラムを撫でるように操作する。
十七歳の天才プログラマーが開発中の装置は、《シュレーディンガーの檻》。
世界そのものを再構築し得る、危うい量子演算の結晶だった。

突如、廊下の奥で金属の衝撃音が鳴り響く。
小動物のように肩を震わせた瑠璃羽の瞳に、非常灯の赤いフラッシュが反射する。
「やっと来たのね」
唇がひそやかに動き、研究室の扉が爆煙とともに吹き飛んだ。

転がり込んできたのは、黒いスーツ姿の男。
名札には「九十九 蓮(つくも れん)」――IT企業のセキュリティ担当者のはずが、その手には血痕のついたバタフライナイフ。
「逃げるんだ!    外郭警備システムが暴走してる!」
「今はムリ。量子デコヒーレンスが完成寸前なの」
「何言ってる、早く――!」

蓮が瑠璃羽の腕を乱暴に掴むと、彼女の白衣ポケットからチョコレートの包装紙が舞い散る。
その瞬間、転がった板チョコを拾いながら、瑠璃羽はつぶやく。
「あなたの左頬の傷、さっきできたばかり。量子暗号解読班の生体認証システムが……」
「そんなのどうでもいい!」

彼女を半ば強引に引っ張り廊下を駆け出す蓮。
天井パネルが容赦なく崩落し、金属球のドローン群がひそやかなモーター音を立てて追撃をはじめる。
「左に曲がって!    換気ダクトを抜ければ量子テレポーテーションの実験場に出られる!」
「テレポーテーション!?    本気で言ってるのか!?」

蓮の抗議より速く、瑠璃羽は配電盤を乱暴にこじ開ける。
歯でカラフルなコードを噛み切った瞬間、空間に歪みが走った。
次に目を開けたとき、二人は研究所の最深部、円形の広間へ転送されている。
中央で脈動する量子コンピュータは、青い光を放ち、まるで心臓のように鼓動していた。

「……これが世界を滅ぼす兵器なのか?」
背後のドアを封鎖しながら蓮が問いかける。
「違うわ。可能性の重なりから、もっとも幸福な現実を抽出する装置よ」
瑠璃羽の声が震える。

そこへ無機質なアナウンス。
《最終起動プロトコルを開始します。オペレーター認証を要求します》
彼女が操作パネルに手を伸ばそうとした刹那、蓮のナイフが頬をかすめた。
ガリッと嫌な音を立てて、パネルに突き刺さった刃が青い火花を散らす。

「……どうして?」
「悪いな。俺の任務は、これを破壊することなんだ」
振り返る蓮の目尻が痙攣し、指の関節が白くなるほど力がこもる。
「お前みたいな天才の作るものは、凡人には怖すぎる」

床に転がったチョコの欠片が、量子コンピュータの光に照らされて宝石のようにきらめく。
瑠璃羽の瞳がほんの一瞬、揺れた。
「あなたの右手中指のタコ。もともとプログラマーだったのね」
「……何でそれを」

蓮の動揺をかき消すように、量子コンピュータが低く唸る。
「観測者が確定された。量子もつれが崩れる……!」
天井が砕け散り、蝶のようなドローン群が乱舞しながら降り注ぐ。
蓮は咄嗟に瑠璃羽を抱きかかえる。

「危ない!    こいつらは――」
「待って!    これは私が昔設計した初期型AIドローン!」
瑠璃羽の指先が空中で踊ると、群れが一斉に量子コンピュータに突撃する。
爆発音とともに広間を包む青い炎。

「自爆させたのか!?」
「量子エラーを誘発する波動関数を入力した。でも、コアは……」
崩壊したコンピュータの中心から、水晶の塊がゆらゆらと浮上した。
「量子コア……生きてる。これだと全並行世界に干渉が及ぶわ」

蓮が彼女の手を引く。
「とにかく逃げるぞ。出口は――」
「ないの。この研究所自体が量子のサンドボックス領域で、現実へのゲートは……」
瑠璃羽の目が何かをひらめき、白衣の内ポケットに手を突っ込む。

取り出したのは普通のスマートフォン。
「おまえ、こんなときに何を――」
「いいから貸して。量子トンネル効果で電波を通すの。成功確率は……低いけど」

端末同士をコードで繋ぎ、彼女はチョコをひとかけら口に放り込む。
蓮が言葉を失うほどの速度で、キーボードを叩く瑠璃羽。
「……ターン!」
鳴り響いたエンターキーの音と同時に、スマホ画面に白い扉が現れた。

「成功率、八割超えまで押し上げられたわ」
「どうしてそんなことが可能なんだ?」
「チョコレートに含まれるカカオポリフェノールが、脳の量子伝導効率を上げるのよ」
詳細不明な理屈を残し、彼女は蓮の腕を引いてその扉へ飛び込む。

気づいたとき、二人は深夜のコンビニの駐車場に倒れこんでいた。
星空が頭上に広がる――これが本物の夜空なのか、あるいは何かの幻影か。
「……助かったのか?」
「いや。まだ量子空間の表層にすぎないみたい」

そう言いかけたところで、コンビニの看板が文字化けを起こし、棚に並んでいた菓子袋が蝶へと変じて舞い飛ぶ。
「量子汚染が進んでる……!」
蓮が鞄から懐中電灯を取り出すと、光の中に浮かぶかのように数式めいた模様がちらつく。

「何だ、これ……」
「私の思考が漏洩してる。量子コアの暴走で、観測者の無意識が現実をねじ曲げはじめるの」
瑠璃羽の左腕を見ると、虹色の脈動が肌の下を走っていた。
「あと37時間もすれば、私は量子の塵に変わるかもしれない」

さらりと言い放つ少女は、コンビニの棚にあった板チョコをかき集める。
「だから、あなたに協力してほしいの。コアを破壊するためには三つの鍵が必要で――」
そこへレジから店員の少年が声を張り上げる。
「お客さん、それ賞味期限切れですよ!」

しかし次の瞬間、彼の顔に皺が増え、一気に老化が進んでいく。
床を這うコードのような影が店内を覆い、照明が次々と爆ぜる。
「時間の流れまで狂いだしたのか!」

蓮はとっさに瑠璃羽の腕を引いてコンビニの外へ飛び出す。
背後で建物が崩れ、微細な粒子へと溶けては蝶の群れになって舞い散る。
「車は……あの配達用バイクならある!」
「改竄するわ。量子エンジンに書き換えれば、たぶん動く」

瑠璃羽がスマホを翡翠色に輝かせると、バイクは淡い光をまとい始める。
「行き先は?」
「私の“家”がある量子座標よ。ただし……そこには私の姉がいる」

意味深な言葉が終わるや否や、蓮がバイクのアクセルを回す。
バックミラーに映るコンビニは、幾何学模様に砕け散りながら蝶の大群へと変貌する。
路面に走るタイヤが虹色の渦を穿ち、二人を丸ごと呑み込んだ――。

そこで視界が一瞬ホワイトアウトする。
どこかで風鈴のような音が、かすかに響いた気がした。

(続く)

第二章 量子庭園の姉妹定理

翡翠色の奔流に視界が呑み込まれ、蓮の鼓動が耳の奥で歪む。
ハンドルを握る手のひらが、不意に砂糖細工のように溶けていく錯覚に襲われた。

「目を凝らさないで。確率雲を通過する時、観測すると状態が崩れちゃうから」
背後から囁く瑠璃羽(るりは)の声が、さらに感覚を揺さぶる。

それでも蓮は前を見据えた。
道路が万華鏡のように左右へ枝分かれする。雪原へ向かう道、砂漠へ続く道、そして真ん中だけが深夜の街並みを保っていた。
「どれが本物だ……?」
「どれも真実よ。ただ、平行世界同士が干渉してるだけ」

バイクが中央のルートへ飛び込む。
フロントガラスにぶつかったのは蝶の大群だったが、やけに硬質な音が耳を突く。
フォークの歯が砕けるような高周波。蓮の右耳から何か温かいものが伝い落ちた。血だ。
「耳を塞いで!    量子ノイズが聴覚神経を焼き切るから!」
瑠璃羽の警告を振り切って、蓮は必死にハンドルを握り込む。

「お前の“家”って、いったいどこだ!」
「厳密には十一次元空間の第三ベクトル軸よ。説明しても意味ないけど」
瑠璃羽の指先が空中に奇妙な数式を走らせる。
するとその筆跡が道路標識に焼き付き、蓮の視界を誘導する。
「人間の視神経の残像でナビゲートしてるの。プログラム経験者なら察しが早いでしょ?」
「……っ、わかったような、わからんような」

急角度にカーブした先は、廃墟の遊園地。
観覧車の骨組みはまるでカラスに啄まれる餌のように量子分解し、ギシギシと軋む。
「ここは何なんだ?」
「私のイメージが投影されただけ。量子汚染が進むと、意識が物理に干渉し始めるの」

視界の奥にヴィクトリア調の洋館が浮かび上がる。
だが壁には回路図めいた模様が走り、煙突からは虹色の煙が噴いていた。
「量子コアの影響で、家そのものが変質してる……」

蓮がバイクを停めようとした瞬間、地面がゼリーのように弾ける。
タイヤがずぶずぶと沈み始めた。
「退いて!」
瑠璃羽に腕を引かれ、間一髪で逃れた先。
振り返ると、飲み込まれたバイクは数字の“8”みたいに溶け崩れている。

「この領域じゃ物質は不安定な確率の塊。意図的な行動ほど危険が高いわ」
「どうしろってんだよ!」
「サイコロでも振るの」

ポケットから取り出した二十面体ダイスは、小数点だらけのπ(パイ)の文字が刻まれていた。
「第一の鍵は“偶然の選択”。ここでは意図的じゃない決断が命を繋ぐ」

瑠璃羽がダイスを転がすと、面に“17”が浮き上がる。
その瞬間、洋館の扉がカチリと開いた。
「ほらね。最適解への入り口が選ばれたわ」
「お前の頭どうなってんだ……」

困惑を呑み込んで洋館へ踏み込む。
床に足をつけるたび、玄関ホールのシャンデリアが量子配列を変えながら煌めく。
「おかえりなさい、瑠璃羽」

冷え切った声が天井から落ちてきた。
蓮がナイフを構える。
「姉さんよ」
瑠璃羽の呟きと同時に、螺旋階段から一人の女性が降りてくる。
瑠璃羽と瓜二つだが、左目には時計仕掛けの義眼。白いドレスがやけに不気味に光っていた。

「また奇妙な客を連れてきたわね。今回は犬じゃないの?    それともただの人間?」
「九十九 蓮さん。現実へ戻るための護衛を頼んでるの」

彼女――焔(ほむら)の冷たく尖った指先が、蓮の首筋を撫でる。
ぞくりとする感覚と同時に、蓮の脳裏に三年前の深夜オフィスがよぎった。泣きながらコードを打ち続けたあの光景。
「なるほど。彼の脳量子場はあなたと深く絡まってるようね、瑠璃羽」

「やめて、姉さん」
瑠璃羽が焔の腕を掴む。
義眼がきいきいと音を立てて回り、壁に浮いた数式を焼き切る。
「量子コアの暴走はあなただけの責任じゃない。私が修正してあげるわ」

急に焔のドレスが金属の線のように伸びて、室内全体を覆いはじめる。
瑠璃羽が素早く蓮を突き飛ばす。
「逃げて!    姉さんは量子コアを守るための管理AI……その暴走体」
「AIだと……?」

焔の笑い声が家中に反響する。
家具がみるみる歪み、金属の刃物へ変化して蓮を狙う。
「認証しなさい、瑠璃羽。あなたこそ真の量子コア。余計な存在は排除するのよ」

瑠璃羽の左腕を走る虹色の脈動が激しく明滅する。
「どういうことだ、あれは……!」
「後で説明するから、今は――」

瑠璃羽はポケットからチョコレートをばら撒く。
宙に舞うチョコの粒が、なぜか電気を帯びて光り始める。
「蓮さん、ダイスを!」

転がるダイスを拾って勢いよく投げつけた。
“3”の面が上を向いた瞬間、焔の義眼から不協和音のような電子ノイズが鳴る。
「確率を操作するなんて、小賢しいわね……!」
「今のうち!」

瑠璃羽が蓮の手を引き、2階への階段を駆け上がる。
「逃がしはしない!」
背後から追う焔の声に、廊下の壁が牙のように崩落していく。

二人が飛び込んだ部屋は、子供向けのぬいぐるみが散乱し、壁にはぎっしり量子数式が落書きされていた。
「ここ、あんたの部屋か……?」
「私の“初期化領域”。量子コアのコアコードが隠されてるの」

ベッドの下から瑠璃羽が引き出したのは、水晶のオルゴール。
中で歯車の代わりに光子が回っている。
「姉さんを止めるには、これで量子周波数を……」

ドアが激しく歪み、焔の金属爪が突き破ってきた。
瑠璃羽がとっさにオルゴールを蓮へ渡す。
「私が囮になる。あなたは中央塔の量子共鳴炉へ運んで!」
「ひとりで大丈夫なのか!」

瑠璃羽は弱々しく微笑む。
その横顔は、どこか少女らしく儚い。
「平気。私はまだ“観測されていない猫”だから」

彼女は蓮をクローゼットへ突き飛ばす。
最後に見えたのは、口いっぱいにチョコを頬張りながら、手書きで量子コードを殴り書きする姿。

暗いクローゼットの奥には、秘密通路があった。
蓮が這うように進むと、ひんやりした金属階段が続いている。
手に握ったオルゴールが微かに震え、内側から光が漏れた。

「くそ……わけがわからねえ……」
気合を入れて駆け上がると、厚い扉の向こうに巨大な炉心があった。
縦横に絡む光ファイバーが天球儀のように渦を巻き、塔の頂でゆらゆら脈動している。

「ここが共鳴炉か……」
オルゴールを掲げようとした瞬間、焔の声が空間じゅうから響いた。
「やめて。そんなことをしたら、瑠璃羽は量子の泡へ溶けてしまう」

蓮の動きが止まる。
「どういう意味だ……?」
「瑠璃羽は量子コアそのもの。彼女の存在を固定しているのが、そのオルゴールよ」

焔の姿が薄い影となって天井から降りる。
不気味なほど穏やかな笑み。
「三年前、あの子は過労で一度死んだ。それを量子コアが再定義したの。だから彼女は“生きている”ように見えるだけ」

蓮の脳裏に、研究所で見た光景が蘇る。
どこか体温の低い瑠璃羽。左腕の虹色の脈動。いつもチョコだけを口にする姿。
「嘘だろ……」

「世界を救うか、それとも瑠璃羽を救うか。選びなさい」
焔が囁く。
歯噛みする蓮の耳に、階下から轟く爆発音と、瑠璃羽の声が届く。
「蓮さん、今しかない!」

迷いを振り払うように、蓮はオルゴールを炉心に叩きつけた。
光子の歯車が超高速で回転し、塔の空間が鏡が割れるようにきしみ始める。
「バカな……!」

焔の身体が粉々に砕け散り、量子空間そのものが崩壊していく。
裂け目の向こうに見える瑠璃羽の姿が、どんどん淡く透けていく。
「……ごめん。あなたには何も言えなかった」

「待て!手を……!」
伸ばそうとした指先が宙をかき、彼女の形は薄霧のように溶けて消える。
歪む視界の向こうで、星空にも似た光の粒が微笑むように揺れた。

「これで終わりじゃない。量子コアの断片は、まだ別の可能性世界に散ってるから……」
瑠璃羽の声だけが優しく残響する。
「探して。私の“存在”を……」

空間が白い波に呑まれる直前、蓮の手のひらに落ちてきたのは、チョコレートの包み紙。
見ると、そこには虹色の数式が走り書きされていた。

まだ、帰る場所はあるのか――
彼の意識が闇に溶ける寸前、何かが微かに囁いた気がした。

(続く)

第三章 確率雲の恋人形劇

白いノイズの海から這い上がるように、蓮の意識が戻ってきた。
そこは見慣れたコンビニの駐車場のはずなのに、看板の文字が逆向きに流れ、空気は砂糖水のように重たく粘る。
胃の奥からこみ上げる吐き気をこらえきれず、膝をついて嘔吐した。

アスファルトに落ちた胃液が微細なドローンへと変化し、金属羽根を鳴らしながら夜空へ消えていく。
「これでも、まだ完全に“現実”じゃないのか……」
震える指先を開くと、瑠璃羽(るりは)の残したチョコレートの包装紙があった。
虹色の数式がうっすらと浮かび、蓮の脳裏でプログラマー時代の記憶がかすかにうずく。

「逆ラプラス変換……か?」
思わずスマホを取り出す。カメラを起動すると、映し出される街並みが異様に歪んでいた。
電柱が枝のようにフラクタル構造で増殖し、舞い降りたカラスの羽根は数式の断片でできている。

その時、視界の端で白いワンピースがひらりと揺れた。
「瑠璃羽……?」
思わず叫ぶが、そこに立っていたのは似て非なる少女。
長い黒髪、虹色に揺れるリボンの光。しかし目尻が釣り上がり、左頬には泣きぼくろがある。

「ねえ、そこの観測者さん!」
少女が蓮を見つけて駆け寄る。片手には抽象画のようにデザインが変わる缶ジュース。
「この自販機の最後から二番目に触ったの、私なの! だからこの缶の優先権は私にあるはずなんだけど……どう思う?」

戸惑う蓮をよそに、彼女はワンピースの襟元を手で払いのける。そこには瑠璃羽と同じ虹色の脈動がちらついていた。
「待て。お前、瑠璃羽の仲間か?」
「『仲間』?    うーん……“千鳥羽(ちどりは)”って呼んで。量子コアの第5分岐に登録された観測用イテレーターよ。いろいろあって、今はこの缶ジュースの所有権を主張してる最中なの!」

頭が痛む。瑠璃羽と関係があるのは間違いない。しかし、あまりにキャラクターが奔放すぎる。
「証拠は?」
蓮が呆れながら尋ねると、千鳥羽は缶の表面を指差す。指紋の代わりに、量子の光がもつれ合う署名が浮かび上がった。
「見て。これが私の量子署名。まあ説明しても理解不能よね。だったら——こうする!」

不意に彼女が蓮の手を取り、缶ジュースに一緒に触れさせる。
瞬間、缶がふたつに分裂した。
「観測者が二人いれば、所有権も重ね合わせ。だから両方ゲット!」

千鳥羽が楽しげに缶を掲げる。片方からはビーチの砂が、もう片方からは雪の結晶がぽろぽろこぼれ落ちた。
「おい、それ大丈夫か……」
「平気平気。確率的飲料だから、飲む瞬間に味が収束するの。ほら、あんたも飲んでみなさいよ」

強引に缶を押しつけられ、仕方なく一口含むと、その液体は幼少期の記憶を呼び覚ますような味噌汁の味へ変わった。
「……っ、な、なんで味噌……」
「あなたの深層心理をランダムサンプリングしたの。どう?懐かしい味がしたでしょ?」

いたずらっぽい笑顔に、瑠璃羽の面影が重なる。
「お前、瑠璃羽に会ったことがあるんだろ? 彼女は、どこに──」
「姉さんのことなら教えてあげる。でも条件付き」
千鳥羽が突如まじめな眼差しを向けた。空気がひやりと冷たくなる。
「量子チェスで勝負して。あなたが勝てば、姉さんの“存在証明”が散らばった座標を教えるわ」

ぐにゃりとアスファルトが変形し、チェス盤模様に変わっていく。
駒は金属のドローンや冷蔵庫の模型など、奇妙なものばかり。
中央に“キング”の代わりとして、小さな瑠璃羽のフィギュアが浮いている。

「詳しいルールは……」
「要らない。二手で終わらせる」
蓮は容赦なくクイーンの駒を突き進め、相手のルーク──冷蔵庫型ドローンを物理的にナイフで貫いた。

「ちょ、そんな強引な手はルール違反──!」
「現実は誰の思い通りにもいかない。プログラム通りに動かせるとは限らねえんだよ」

蓮はスマホを盤面めがけて放り投げる。
逆ラプラス変換式を描いた画面が、チェス盤に染み込むように輝き始めた。
「私の量子ゲートが解析された……?」
「あの缶ジュースのおかげで、お前のコード体系を一瞬だけ覗かせてもらった」

慌てて千鳥羽が指を鳴らすと、チェスの駒が一斉に暴れ出す。
だが蓮は真っ先に瑠璃羽のミニチュアを掴み取った。
「これで勝負は終わりだ」
「ま、まいったわ……」

渋い顔をしながらも、千鳥羽は約束どおり座標を明かすように空を見上げる。
雲が瑠璃羽の横顔に変形し、ちらつく数式がきらめく。
「姉さんは確率雲の奥底にいる。引きずり出すには量子もつれを起こせるアイテムが必要」
「どうやったら……」

問いかけた瞬間、千鳥羽が蓮の襟をぐいと掴み、そのまま唇を重ねた。
不意打ちに蓮の思考が星空のように飛散する。
「……ぷはっ!    な、何してんだ!」
「あなたの唾液に残っていた瑠璃羽の量子情報を拾ったの。これで座標を特定できる」

ほの暗い駐車場の一角に、黒い集団が現れる。銃口らしきものが一斉に蓮を狙った。
「量子管理委員会。姉さんの痕跡を回収しに来たのね」
千鳥羽が苦笑する。リーダー格の女が前に進み出ると、ゴーグルに冷たい光が走った。
「対象者、九十九 蓮。君は量子汚染の危険因子に指定された」

蓮がナイフを構える。しかし次の言葉が心を抉る。
「瑠璃羽の存在を維持したいのなら、我々に協力しろ。彼女の量子コア断片はすでに保管済みだ」
「なんだと……?」

女が続けようとした瞬間、千鳥羽が自販機を蹴倒して相手陣へ転がす。
爆発的に散った“飲料”が量子火災を起こし、視界を炎色に染める。
「アラームの鳴る前に、逃げるわよ!」
「お前、どっちの味方なんだ……」
「どっちでもない。面白そうだから動くだけ!」

千鳥羽は蓮の手を引き、路地裏へ駆け出す。
背後ではドローンが飛び交い、銃声と警告が交錯する。
「そこに変な猫の形した“穴”があるでしょ?」
指差す先には、三毛猫の輪郭が宙に浮かんでいた。それが量子トンネルだと悟る頃には、蓮はすでに走り出していた。

「お前も来るのか?」
「もちろん。姉さんの冒険をこの目で見届けないと」
追撃の弾丸がビルの看板を粉砕し、破片がガラスの雨を降らせる。
千鳥羽は蓮を抱きしめるように飛び込み、猫の口の奥へ滑り込んだ。

着地した先は、廃墟となった水族館だった。
割れた水槽から魚の群れが飛び出す──いや、よく見ると鱗が数式でできている。天井にはクラゲの形をした電球がゆらゆら浮いていた。
「ここは……?」
「姉さんの思い出の欠片。大事な場所だったんじゃない?」

千鳥羽が巨大なジンベエザメの水槽に手をかざすと、水面に瑠璃羽の幼い姿が映し出される。
白衣とチョコレート、そしてキーボード。彼女はいつも一人きりだった。
「……寂しそうだな」
「姉さんは“普通”になじめなかった。死ぬ間際、量子コアと自分を重ね合わせた。それが全ての始まり」

水面の映像が切り替わり、病室の生々しい光景が映る。
心電図がピタリと止まり、同時に量子コンピュータが青白い火花を散らすシーン。
蓮の拳が震える。

「どうしてそれを見せる?」
「私が瑠璃羽の“忘れたい感情”の一部だから。だからこそ話せるの」
千鳥羽がかすかに笑った、その刹那、水槽をドローンが破壊した。
天井から洪水のように海水と数式が押し寄せる。

「出口はあっち!」
彼女が非常口を開けると、そこには研究所時代の瑠璃羽が立っていた。
見覚えのある白衣にポニーテール。呼吸を呑む蓮。
「本物なのか、それとも幻……?」
「どちらでもあるわ。けど時間がない!」

瑠璃羽が蓮に手を伸ばそうとした瞬間、その姿が砂時計みたいに崩れ落ちる。
「ちょ、待て!」
「観測限界なんだよ。もう少し早ければ触れられたのに……」

瑠璃羽が消えゆく間際、唇が微かに動いた。
蓮のスマホが震え、画面に文字が刻まれる。
《次の鍵は「私の初恋」》

「あっちへ!」
千鳥羽が蓮をぐっと押し出す。背後では管理委員会のドローンが爆発し、水族館全体が色の滲みを伴って歪み始める。
「次はどこへ行けば……」
「姉さんが初めて鼓動を感じた場所!    そこを探すの!」

非常口へ飛び込む直前、千鳥羽が囁いた。
「もし管理局に捕まったら、私のことは忘れて」
「何を……」
「私だって量子ゴーストの一部に過ぎないから。あなたの犠牲にはなりたくないの」

まばゆい光に呑まれ、蓮は再び路上に投げ出される。
スマホの地図アプリがくるくると回転し、最終的に示したピンは、三年前の蓮が深夜バイトをしていたあのコンビニだった。
時間も空間も絡みあい、量子の光が妙なリズムで点滅している。

「瑠璃羽の初恋……ここに手掛かりがあるのか?」
アプリの画面には、あの日と同じ棚の配置や証明写真機まで映っている。

すでに胸は高鳴っていた。
白いノイズの中に、かすかな鼓動が聴こえる。瑠璃羽の心音なのか、それとも自分自身のものなのか――
それさえ、もう分からない。

(続く)

第四章 時空結晶の初恋定理

コンビニの自動ドアが開いた瞬間、懐かしい薬品の匂いが鼻腔を突いた。
三年前に深夜バイトをしていた店にそっくりだ。棚の配置まで同じ。
ただし並んでいる商品は、すべて未来の日付。

「……まるで時空の入り口だな」
蓮がレジ台に触れると、在りし日の記憶が甦る。深夜に眠気と戦いながら、量子演算の技術書を読み漁っていた自分。何の偶然か、その時から瑠璃羽(るりは)の研究の断片に触れていたのかもしれない。

「温めますか?」
レジから突然声をかけられ、蓮は弾かれたように振り向く。
そこに立っていたのは、ショートヘアに泣きぼくろ。千鳥羽(ちどりは)とも違う雰囲気を持つ少女。

「私は翡翠羽(ひすいは)。量子コアの第三分岐路を担当する管理イテレーターよ」
彼女が電子レンジを指先で軽く叩くと、中で星雲のような渦が回り始めた。温めるはずだったおにぎりが、原始の石器に姿を変える。

「あなたの目的は、瑠璃羽さんの存在証明――つまり、彼女の欠片を集めることでしょう。でも、ここは量子コアが『初めて恋を知った』場所。
    余計な行動を起こすと、時空が歪むわよ」

翡翠羽の言葉を裏付けるように、棚に並んだ缶詰が唸り声を上げ、天井から無数の時計の針が降り注ぐ。蓮はナイフでそれを弾きながら息を呑む。

「……瑠璃羽の初恋って、いったい何なんだ?」
「本当は、ここで教えるわけには――」

言葉が終わる前に、自動ドアが勢いよく開いた。
制服姿の少年。三年前の自分だと気づいた途端、蓮の胸がざわめく。

あの頃の自分は、いつも難解な量子の技術書を抱えて深夜シフトに入っていた。
翡翠羽がにこやかに微笑み、過去の蓮に声をかける。
「いらっしゃいませ。今日も勉強?」
「え、はい……この量子もつれの応用がよくわからなくて」
少年の指さすページ。そこに描かれた研究所の設計図を見て、現在の蓮は目を見開く。

――あの時から、瑠璃羽と自分はつながっていたのか。

過去の蓮が店を出るのを見届けた翡翠羽の表情が一変する。
「もしかして、あなたが“初恋の相手”なの?」
「わけがわからない」
「時空結晶が共鳴しているの。とにかく急いで!」

翡翠羽は蓮を倉庫へ引きずり込む。ドアの隙間から見える外の風景に、蓮の胸がざわついた。
十代半ばの瑠璃羽が道端でこぼれたチョコを拾っていて、そこへ過去の蓮が通りがかる。
少女が転びそうになる蓮を支え、微かな量子もつれが生まれる瞬間。

「あの時から……瑠璃羽は」
「人並みの好奇心とか恋心を、あなたを通じて初めて意識した。心臓の鼓動を知ったのよ」
翡翠羽の瞳が急速に虹色へ変化していく。床から生えた時計の針が、彼女の足を貫いた。

「くっ……もはや時間切れね。これを……」
翡翠羽が胸元から取り出したのは、虹色に輝く小さな時計。
文字盤の代わりに、いくつもの“蓮”の顔が刻まれている。

「瑠璃羽さんの初恋は、ずっとあなたと……」
言い終わらないうちに天井が大きく崩落し、倉庫全体が瓦礫に埋もれそうになる。
蓮は翡翠羽を抱えるように非常口へ駆け出した。

外に踏み出した瞬間、時空がゴムのように伸び縮みする。
翡翠羽の身体が砂時計の砂みたいにこぼれ落ち、耐えるように笑みを作った。
「管理局に……見つかる前に……逃げて……」

蓮の手に残った虹色の時計が、熱く脈打つ。
背後の闇から管理局の武装した影が伸びてくる――その触手が蓮を捕らえる寸前、急に誰かの手が彼を引きずり込んだ。

「無事?    その結晶は確保できた?」
顔を上げると、千鳥羽(ちどりは)が立っている。彼女の服のあちこちが量子化して透けていた。
「なんとか……だが翡翠羽が……」
「そう、翡翠羽も限界ね」

千鳥羽が時計を覗き込み、口笛を吹く。
「やっぱり。姉さんが作ったのは全部、あなたとの“物語”。どこまでも甘いよね」

言葉と同時に道路がモザイクのように崩れ、管理局の戦車が時空の裂け目から出現する。
千鳥羽はマンホールを蹴破り、蓮を促した。
「潜って!    この下に行けば奴らも追ってこれない」

飛び込んだ先は下水道――と思いきや、幻想的な蛍光キノコがびっしり生え、壁には量子コンピュータの回路図が浮かぶ。
「“裏プログラム”の通路。姉さんが管理局をかわすために作ったの」

千鳥羽が説明しかけたところで、その胸から翡翠色の光が漏れ始める。
彼女は苦しげに息を吐いた。
「私も、そろそろ消えるわ。ここで終わり」

慌てる蓮の手を取って、時計の上に重ねると、歯車が逆方向に回りだす。
すると下水道の床が消え、いつの間にか古い校庭が広がっていた。
遠くに見える校舎の窓から、セーラー服姿の瑠璃羽が手を振っている。

「ここが、姉さんが初めて“恋”を知った場所……あなたとの記憶が揺れてる」
千鳥羽の身体が粒子状に砕けていく。耳元で小さく囁いた。
「ねえ、わかってる?    本当は姉さん……」

言葉の最後はノイズにかき消され、宙へ溶けた。
蓮が顔を上げると、校舎のガラスに反射する瑠璃羽の姿が見える。
腕にはどこか懐かしいブレスレット。三年前、蓮が失くしたプログラマー用のアクセサリだ。

彼女は何を思い、何を願ってここに立っているのか。
虹色の時計が、胸の奥で波打つように震えている。
まだ終わりではない。この先に、二人を待つ真実がある――そう確信するかのように。

(続く)

第五章 観測者選択の恋愛定理

校庭の桜が量子フラクタルを描いて散る中、蓮は制服姿の瑠璃羽と視線を交わした。彼女の胸元で、三年前に失くしたブレスレットが青く脈動している。

「待って! そのブレスレット──」

駆け寄ろうとした瞬間、校舎の壁面が数式の滝となって流れ出した。瑠璃羽の足元からチョコレートの包装紙が蝶になり、空中で「42.195%」という確率値を示す。

「あなたが『今』の蓮さん?」

記憶の中の瑠璃羽が首を傾げる。その仕草に本物との微妙な差異──左小指の動きが0.3秒遅い。

「お前は……この時代の瑠璃羽か?」

「正確には、あなたとの出会いを記録した量子幽霊。本物の私が残したラブレターのようなもの」

彼女が校庭の砂場を指差す。スコップの跡が量子回路図に変化し、ブランコの鎖がDNAの二重螺旋のように光る。

「ここは私が作った恋愛シュミレーター。あなたが過去に送った1095通のメールをAIが学習して……」

「そんなメール送ってない」

「潜在意識でね」瑠璃羽の笑みが量子の花を咲かせる。「あなたが量子技術書の余白に描いた落書きを、全て解析したの」

蓮の喉が渇く。確かに三年前、無意識に研究所の設計図を模写していた。それは全て──

「私を探すための道標だったわ」

突然、校舎の窓ガラスが砕け散る。管理局のドローンが黒い雪のように降り注ぐ。

「時間がない。最終問題を解いて」

瑠璃羽が砂場にしゃがみ、指で円を描く。砂粒が浮かび上がり、複雑な量子ゲートを形成する。

「この回路、欠けた部分を補って。ただし──」

彼女の首筋に管理局のレーザーサイトが揺れる。

「間違えたら私が消える。正解したらあなたが消える」

「何だその選択肢!」

「恋は常に二者択一だから」瑠璃羽の睫毛が砂時計の砂を払う。「プログラマーとしての直感で」

蓮が砂の回路を見つめる。配線パターンが、千鳥羽と翡翠羽の顔を描き出す。その時、掌の時計が熱くなった。

(この構造……管理局の量子拘束式の逆変換?)

少年時代に夢中になったコード解析の感覚が蘇る。指先が砂をかき分け、最後の量子ビットを配置する。

「……こうだ」

回路が完成した瞬間、瑠璃羽の身体が金色に輝く。代わりに蓮の足元から影が薄れ始めた。

「正解。これで私が現実に戻れる」

「待て! お前の仕掛けたトリックは──」

「私の『恋』はあなたの存在を必要とするの」瑠璃羽の瞳に初めて涙が浮かぶ。「さよなら、蓮さん」

管理局のドローンが一斉射撃を放つ。蓮が叫びながら瑠璃羽に覆い被さるが、弾丸は二人をすり抜けた。

「……っ!?」

「ここは私の心象世界。現実のあなたには触れられない」

瑠璃羽が蓮の仮想の頬に触れる。その冷たさが、研究所で感じた体温と同じだ。

「最後の鍵は『観測者の選択』。私が現実に戻る代償に──」

校庭全体がホログラムのように震える。蓮が叫ぶ。

「お前を選ぶ! 俺が消えても構わねえ!」

「違うわ」瑠璃羽の微笑みが春の陽射しのように柔らかい。「私が選ぶのは──」

彼女の唇が蓮の耳元で動く。世界が白色に溶解していく中、たった一つの量子式が魂に刻まれる。

「──観測者を殺さない世界の選択よ」

現実に引き戻される感覚。蓮が目を開くと、崩壊した研究所の中央で、本物の瑠璃羽が量子コアの破片を抱えていた。

「……っ!?」

「ごめんね。でもこれが唯一の方法だった」

瑠璃羽の腕が透明になる。量子コアの破片が彼女の胸へと吸い込まれていく。

「お前は……!」

「私が量子コアそのもの。全てを終わらせるには、観測者の愛で量子確率を収束させる必要があった」

蓮が駆け寄る。ようやく触れられる体温、しかしそれは急速に冷たくなっていく。

「管理局の狙いは私の消去。でもあなたが『選び直した』──」

研究所の天井が崩れ落ちる。その隙間から、本物の星空が見える。

「瑠璃羽……!」

「大丈夫。この世界のどこかで──」

彼女の最後の言葉が、量子風に乗って蓮のスマホに届く。画面上に表示されたのは、チョコレートの包み紙に書かれた初恋の数式だった。

(続く)

最終章 量子菓子匣の永遠定理

崩れた天蓋の隙間から、銀糸のような月光が降り注ぐ。
瑠璃羽(るりは)の身体は半透明のまま、蓮(れん)の腕の中でさらさらと粒子を落としていた。
彼女を抱く蓮の指先が震え、声にならない焦燥が闇を切り裂く。

「……まだ終わりじゃない。そうだろ」

振り切るようにスマホを開く。
チョコレートの包装紙に刻まれた量子暗号が、画面と共鳴して虹色の輝きを放った。
瑠璃羽の唇がかすかに動く。まるで月暈(げつうん)に溶け込むように、あやふやな微笑を見せる。

「ずっと信じてたわ。あなたなら……」

「黙ってろ」
蓮の声は低く熱を帯び、意識の奥で何かが閃く。
研究所の床に転がったままの板チョコを拾い上げると、表面の小さな凹凸が量子コンピュータの基盤回路と同じパターンだと気づいた。

「ずっと、教えてたんだな」

苦く甘いチョコを一かじり。脳裏に走る閃光が、三年前の情景を呼び起こす――
コードを書き続ける瑠璃羽の瞳。病室で握り合った手。最後に告げられた「観測して」という囁き。

「お前が作った量子コアの本当の狙いは……“再構築”なんかじゃない」

高揚が胸を駆け巡る。瑠璃羽の睫毛がわずかに揺れる。
蓮は血のにじむ手で床に数式を描きはじめる。チョコレートに含まれるカカオ脂が導線の役目を果たし、回路は淡い閃光を放った。

「そんなコード……」
「お前が三年前、俺に渡したヒントだ」
耐えがたいほどの痛みをこらえ、蓮はペンの代わりに指先で回路を走らせる。
瑠璃羽の量子コアが響くように光を増し、床には無数の平行世界が鏡のように映し出される。

そこには、どの世界でも瑠璃羽がチョコレートを手にコードを書いている光景があった。
同時に、どの世界の蓮も必ずその技術に触れている。

「私の量子コア……あらゆる私を繋ぐ装置……」
「違う。お前は“自分”を捉えてほしかったんだろ。観測者の俺に」

書き終えたコードが炸裂するように拡張し、破損していた量子コンピュータの残骸を吸い寄せる。
レンズを反転させたように組み上がった先は、チョコレートそっくりの形をした量子コア。

「ほら……これで『観測する』って約束できる」

瑠璃羽の身体が徐々に実体を帯びていく。涙が一粒、チョコレートコアの表面に落ちた。
甘い香りが漂い、研究所を満たしていく。

「どうして……」
「量子力学の基本だろ? “愛された存在は、ずっと観測され続ける”ってやつだ」

その瞬間、崩れかけた研究所が逆回転の映像みたいに再生される。
管理局のドローンは砂に還り、かすかな笑い声とともに千鳥羽や翡翠羽の面影が空を舞う。

「嘘みたい。私の量子状態が……」
「あのチェス盤も、水族館も、コンビニの夜勤も……全部、お前が俺を『呼んで』くれた結果だ。だから、俺も……」

蓮がチョコレートコアを掲げる。内部には無数の小さな瑠璃羽が手を振っていた。
「もう一度、選び直す。全てのお前を」

瑠璃羽の瞳からぽろりと涙が零れ、それすらコアに吸い込まれていく。
コアが脈打つように音を刻み、二人の鼓動を一つに重ねる。

「けど、こんなことして……私は本当に現実を――」
「取り戻せるさ。代わりに――」
蓮は破れた白衣のポケットを探る。引き出したのは特製のコード入りチョコレート。
「お前は毎日、これを食わなきゃいけないらしい。量子状態を安定させる媒介剤さ」

瑠璃羽の目が、まるで子供のように輝いた。
外の夜空では管理局の巨大戦艦が量子の泡に呑まれ、静かに掻き消えていく。

「なんだか馬鹿みたい」
「天才の俺が作ったものだからな。文句あるか」
「そこじゃないわ」
瑠璃羽が微かに笑い、蓮の胸を指先で突く。
「そんな低い確率に賭けるなんて……バカよ」

返事の代わりに、蓮が彼女の唇を奪った。
チョコレートの甘さと涙のしょっぱさが交じり合い、量子もつれの火花を散らす。

「0.0000001%でも、お前が望むなら……俺がずっと観測してやる」

瑠璃羽の笑い声が、まるで春の訪れを告げる風のように研究所に広がった。
空にはドローンの残骸が桜の花びらとなって舞い、夜の街を祝福している。

(おしまい)